武井壮ファンの皆様、こんにちは!今回は武井壮の学生時代のお話です。東京生まれの武井壮がなぜ兵庫県の大学に行ったのか気になって調べましたのでご興味のある方は見ていってください!

武井壮、兵庫は明石の大学卒など意外と高学歴

武井壮大学

(出典:武井壮しらべ最終回)

「百獣の王」と検索すると関連ワード上位に「武井壮」と出てくるほど、そのワイルドで肉体派なイメージの武井壮ですが、実は意外に優秀な成績を学業で残していたようで、結果明石にある大学に進学するなどしています。
なぜ武井壮が高学歴なのか、それは武井壮の生い立ちに理由があります。

スポンサードリンク

神戸学院大学(兵庫県明石市)に進学するまでの武井壮

東京都葛飾区に生まれた武井壮は両親と兄の四人家族で育ちました。しかしある時両親が離婚、父親に引き取られましたが、その父親も外に家庭を作って出て行ってしまい、武井壮は兄との二人暮しを余儀なくされてしまいます。それが武井壮が小学生の高学年の頃でした。

兄は俳優の付き人をするなどして武井壮との暮らしを支えようと努力しましたが、厳しい経済事情にさらされ続けます。両親がいなかったことで「誰かに認められたい」との気持ちが強くなったという武井壮は、地元でスポーツ関連で有名だった中高一貫私立高に進学することにします。

家計が厳しかったのになぜ私立高校を選んだのか。実はその学校には成績優秀者に対する奨学金制度や特待生制度があったのです。武井壮はもともと得意だったスポーツに励みながら(中学では野球、高校ではボクシング)、学業にも精を出して授業料の免除のためにトップクラスの成績を維持しました。

神戸学院大学に進学し明石市で暮らした武井壮

武井壮が中学生のころにある友人と出会っています。彼は中学生当時に陸上100メートル走で10秒台の成績を出していたほどの陸上競技会のエリートでした。

武井壮は学費の免除のために学業の成績が優秀でしたから、大学にも進学することにしました。そして入学したのが兵庫県明石市にある神戸学院大学だったのですが、当初武井壮は大学に入ったら野球かアメリカンフットボールか柔道をやろうと考えていました。

そこで出てくるのが前述の中学生のときに出会った俊足の友人です。中学生の頃から武井壮の才能を見抜いていたその友人が武井壮に大学では陸上部に入ることを勧めました。それが武井壮が陸上競技に身を投じ、記録を打ち立てるきっかけとなったのです。陸上部に入っていきなり100メートルを10秒9で走ったといいます。明石に武井壮の風が吹きました。

武井壮が大学時代に明石で経験した阪神淡路大震災

兵庫県明石市の神戸学院大学で陸上部に入った武井壮は、大学3年生で十種競技を始めました。その頃に起きた大震災で武井壮は東京に避難しています。その行き先は日本大学。当時日本大学には十種競技それぞれの競技の王者が集っており、それを見て学んでやろうとの意気込みだったようです。

さすが、芸能界で大ブレイクするほどの男。学生時代にも様々なエピソードがあります。