武井壮ファンのみなさん、こんにちは!鍛え上げられた肉体を武器に「俺ならこの猛獣はこう倒す」ネタで芸能界でブレイクした武井壮ですが、彼には壮絶な幼少時代よりの生い立ちがあり、そこに現在のブレイクの秘密があることをみなさんはご存知でしょうか?

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武井壮の壮絶な生い立ちの中で芽生えた思い

武井壮生い立ち

(出典:https://thepage.jp/detail/20140608-00000002-wordleaf)

武井壮(1973年生まれ)は東京都葛飾区出身で、父親、母親、2つ上の兄、武井壮自身の四人で暮らしていました。ところがある日母親が家を出ていってしまった上に、後に父親も別の家庭を持ち、そちらで暮らすようになったのです。彼は幼い頃には両親無しで暮らしていかなければならなくなりました。

彼ら兄弟にはこのような生い立ちの中で、両親がいないがゆえに誰かに認めてほしい、他人からの歓心を得たいという承認欲求が芽生えたと言います。そして武井壮の兄である武井情さんは俳優を目指して養成学校へ入り坂上忍の付き人となりました。

しかし、またしてもこの兄弟に悲劇が襲います。兄の情さんが24歳という若さでがんによりこの世を去ってしまったのです。

武井壮の思いを叶えるための懸命な努力

一方、武井壮自身は修徳中高等学校時代に野球部、ボクシング部で自分を磨き、神戸学院大学では陸上競技短距離から十種競技へとスポーツ遍歴を重ねていきます。

卒業すると、かねてからスカウトされていた中央学院大学へ進学。この時(1997年)に十種競技100mで記録した10秒56という記録は約18年間破られない日本記録となりました。

両親がいなかったために中高の授業料免除の制度を受ける資格が得られるよう、彼は学行にも身を入れて常に成績優秀、月1万円の学費支給も受けていたようです。

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生い立ちの中で叶った思いと現在の武井壮

このように大変な努力をもって肉体を鍛え上げ、頭脳も磨き、様々な著名人などから注目を集め始めた彼は芸能界スターダムの階段を登っていくこととなります。

幼少期に芽生えた兄弟の思いを叶えたのです。これが武井壮芸能界ブレイクに至る壮絶な生い立ちです。

もしかすると、誰にでも現在のその人がその人である理由が生い立ちの中に隠されているのかもしれません。

余談ですが、武井壮はFacebookにて父親と再会した時の画像をアップしていました。ノコノコとやってきて一流芸能人となった武井壮にサインをねだったそうですが、彼は嫌な顔も見せずに「わかった」と応じたそうです。

母親に関しては父親も所在を把握していないらしく、現在も連絡はないということです。しかしテレビに出ない日はないくらいの活躍を見せる武井壮を、きっとどこかで見ていることでしょう。どんな思いでいるのでしょうか。

こんな両親であったことが彼の芸能界ブレイクにつながったとも言えるわけで、武井壮の生い立ちを振り返ってみるとなんだか複雑ですが、今思いっきり充実してそうなので憧れます!

いつか武井壮さんに会いたいな…